ショートプロフィール

私は、モラハラ夫や子どもの不登校に悩み苦しむ女性たちに
 「負の無限ループ」から抜け出し、幸せになるためのカウンセリングを提供しています。

まずは、私の簡単なプロフィールをお読みください♪

 出生~幼少期 

💎私は、九州の片田舎に、両親共働きの家庭の2番目の子ども(長女)として生まれ、ケンカの絶えない両親の元で大人の顔色を伺いつつ幼少期を過ごしました

 小学校時代 

💎人見知りで友達も少なかった私は、小5の時に人生で初めてのイジメに遭いました…この時は短期間で終わりましたが、小6の時には『ある日突然に』前日まで仲良くしていた友達から無視され、結果的にはクラスの女子全員から、卒業式の日まで村八分に遭いました。

 中学時代 

💎小6の時に陰湿なイジメに遭った私でしたが、中学時代は学業トップクラスで、運動もバスケ部レギュラーで活躍しました。ただ…何でも一番でないと気が済まない母からは、もっと上がいるでしょ?と言われてなかなか褒めてもらえませんでした…

 高校時代と大学選び 

💎地域で1番の進学校に入学後、私の成績は中の上程度でしたが、高1のクラスや部活はとても楽しく、
毎日が充実していました。高2の時に、また一部の女子から理不尽なイジメを受けるようになりましたが、仲良しのクラスメートに支えられて、孤立は避けられました。

💎高3の時の進路選びでは、母の意向に逆らうことができず、結局は母の望んだ大学に進学することになりました。

 大学時代 

💎母の敷いたレールから外れることができなかった私でしたが、入学直後に、その後の人生を支えてくれるヴァイオリンと出逢い、その出逢いがその後の私の人生の辛い時期をずっと支えてくれることになりました。
人生にはどんなめぐり逢いがあるかわかりません。あの頃の私には、ヴァイオリンとの出逢いがこれほどまでにも自分の人生に大きな影響を与えるとは想像もつきませんでした。

 教師生活 

💎大学卒業後、地元に戻り中学校の音楽教師になった私でしたが、そこは母がかつて教員として働いていた地域でした。新米教師だった私は、同僚から「立派な教師として名を馳せていた母」と比べられることになりました…自分には教師という職業は向いていないと思っていた私は、次第に教師を辞めたい…と思うようになりました。

ずっと『母の敷いたレールの上を走らされている…』と感じていた私は、当時交際していた彼と結婚退職することを考えはじめました。そして、計画的に結婚資金を貯めて、4年勤めたのち結婚退職しました。

 モラハラ夫との結婚生活 

💎27歳の春に結婚。結婚後は専業主婦になり、知人も親戚も…誰もいない土地で、ただ夫の帰りを待つ生活になりました。夫は、私がパート勤めをしている時も、家事を一切手伝わない人で、まさに昭和の親父を絵に描いたような人…でも、周りからは「とても優しそうなご主人ですね!」と言われていました。
💎結婚3年め、30歳の春に子どもを授かりましたが、妊娠中も一切家事を手伝うこともなく、切迫早産で入院した時も、私の身体を気遣うより自分の生活の心配をするような人でした。

💎長男の出産後、しばらくは幸せな日々が続きましたが、産後の過労・ストレス・睡眠不足がたたり、次第に体調を崩していきました。そして、息子が2歳になった年の春に、とうとうパニック障害を発症してしまいました…当時、「パニック障害」という病気はまだ広く認知されていなかったこともあり、結果的に何の治療もないままどんどん体調は悪化していき、最終的には「うつ」を発症してしまいました…そして、ある日、突然自殺願望が芽生え…ハッと我に返った私は、精神科を受診することになりました。

 精神科や心療内科に通う日々 

💎実家の母の反対を押し切って精神科を受診した私は、その後長きに渡って「抗うつ剤や精神安定剤」を服用する日々を送ることになりました。睡眠薬は比較的早い時期に断薬できましたが、度々起きるパニック発作が怖く、精神安定剤に関してはなかなか止めることができませんでした…精神科受診当初の数年は、特に「薬で生かされている」という感覚が強く、薬によって「喜怒哀楽の感情をすべてなくしたような感覚でした…

 離婚を考えた日々 

💎長い闘病生活を送る中で、自身の体調不良を治す方法が見つからず、家事・育児にまったく協力しない
夫との生活に絶望した私は、…その後、3度離婚を考えました…

 夫の単身赴任 

💎息子が中3の年の秋に、夫に転勤辞令が出ました。受験を控えていたこともあり、息子と話し合った結果、夫は単身赴任することになりました。当時、多少心細い思いはありましたが、正直なところ「ホッとした」ことを覚えています。
💎父親との生活で張りつめていた息子は、夫が単身赴任になると同時に突然ワガママになり、言いたいことを言ったり受験勉強もせず遊び惚けたりするようになりました。とはいえ、キレやすい夫が居なくなり、息子との二人暮らしは多少の反抗期もありましたが穏やかな日々でした。

 息子の大学入学 

💎息子が大学に入学すると同時に、私は一人暮らしになりました。息子が居ない生活は想像以上に寂しく、周囲の予想通り、私は「空の巣症候群」になってしまいました…

息子が生まれてからこれまで、自分のことは後回しにして息子のために生きていた私は、これから何を支えにして生きていけばいいのか…自分を見失い、深く悩むようになりました…

そして、50歳を目前にして、
人生このままでいいのか?やり残したことはないのか?
様々悩むようになりました…

 50代の迷走… 

💎その後の私は、民間カウンセラーさんの1回2万円のカウンセリングを何回も受けたり、電話占いに依存してしまって毎月数万円以上も使ってしまったりしました…さすがにそれはマズいと思い、小銭稼ぎのためにインターネットの副業に手を出したりしたこともありますが、どれも「簡単に稼げる」というのは嘘で、結局プラスにはならずさらにマイナスを重ねる状況でした…ただ、夫が高収入だったため、借金をするようなことにはならなかったのが幸いでした。

「負の無限ループ」に陥ってしまっていた私は、自分で自分の首を絞めるような行動を取ってしまっていました…

💎そして…定年まで単身赴任のはずだった夫が、突然の辞令で戻ってきて、新婚時代以来の夫と二人の生活が始まりました…以前のように思い通りにならない私に腹を立てた夫は様々なモラハラ行動を…しばらく家庭内別居生活を送っていましたが、

私は再び心身に不調をきたすようになり、心療内科医や弁護士のアドバイスを受けて、翌年にわずかなお金を持って別居を決行しました。

 自分の使命を知り、自立へ 

💎別居後の私は、様々なアルバイトを経験しながら「自分の使命」を知るための勉強を始めました。
レイキヒーリングスピリチュアル講座、アドラー心理学認知行動療法など~

💎そして、試行錯誤ののちに

最短で
「幸せの青い鳥」を見つけて「負の無限ループ」から抜け出す
気づきのカウンセリングメソッドを完成させました!

2021年4月より、
全国各地の方に門戸を広げる
オンラインカウンセリングを行っています♪

あなたの中にいる「幸せの青い鳥」
私と一緒に探しに行きませんか?

あなたが勇気を出して
私の部屋の扉を叩いてくださるのを
心からお待ちして
います♪