プロフィール

《繰り返す人間関係の悩み》
理由がわからず苦しんでいるあなたに…

どんなに頑張っても
場所や相手を変えても
同じような人が目の前に現れ
同じような問題が起きる…

そんなあなたが
《負の無限ループ》
から抜け出す
には
どうしたらいいのでしょう?

 

ヒーリングカウンセラー
 奏音
(かのん)です♪

 

 

私が経験した
理由のわからないイジメやモラハラ、
パニック障害と鬱の併発や不安障害、
息子の不登校など多くの困難を克服してきた経験を元に

カウンセリングとヒーリングの
手法を合わせたオリジナルのセラピーを行っています♪

 ♪♪♪♪♪ ☆ ♪♪♪♪♪

そんな私のおいたちと
《負の無限ループ》にはまってしまい
苦労続きだった人生について、

詳しいプロフィールをお読みください♪

   ♪~♪~♪~♪~♪

(プロフィール・目次)
・幼少期~機能不全家庭で育って
・10代~イジメを何度も経験した子ども時代
・10代後半から20代~ヴァイオリンとの出逢いと人生の方向性大転換
・20代後半から30代~幸せではなかった結婚生活と産後の病気
・40代~やっと、私が私らしく居られる場所を見つけたのに…
・50代~生き方を模索して迷走した日々
・50代後半~「悪循環を断ち切る」講座との出逢い

   ♪~♪~♪~♪~♪

 

幼少期
機能不全家庭で育って


💎私は九州のとある片田舎に、
両親共働きの家庭の
2番目の子ども(長女)として生まれ、
ケンカの絶えない両親の元で
大人の顔色を伺いつつ
幼少期を過ごしました

「ちょっとしたことで
 火が付いたように怒鳴る父」

「自分の意思を絶対に曲げない母」

実は発達障害で空気が読めない兄と
HSP気質で空気を読みすぎる私

そんな4人家族で過ごした子ども時代は
私にとってはあまり居心地のよいものではなく…

唯一、離れの祖母宅で過ごす時間が、
幼い私にとっての安らぎの時間でした。

私の人生のトラウマは
この「機能不全家庭」から始まったのでした。

10代
イジメを何度も経験した子ども時代

💎大人の狭間で気を遣いながら
幼少期を過ごした私は、
小学生の時に2度のイジメに遭いました…
小5の時のイジメは
短期間で終わりましたが、
小6の時のイジメは、

『ある日突然に』
前日まで仲良くしていた友達から
無視される

という衝撃的な事件で、

結果的にクラスの女子全員から
村八分に遭うことになり、
それは小学校の卒業式の日まで
続きました。

💎そんな私でしたが、
中学時代は学業トップクラスで、
運動部でもレギュラーで活躍し、
小学校の時から習っていた書道でも、
展覧会で上位入賞を
果たしたりしていました。

ですが…
何でも一番でないと気が済まない母
からは、

学年2番でも…
96点でも…
全国書道展で特選になっても…

1番
100点
最高位
を求められ、褒められることはほとんどなく…

その結果
「足りない部分にフォーカスしてしまう」
ネガティブな思考の癖が身に付いてしまったのでした…

💎高校は地域一番の進学校へ。
よその中学から優秀な生徒が
たくさん集まってきたので、
私の成績は中の上程度でしたが、
高1のクラスや
吹奏楽の部活はとても楽しく、
毎日が充実していました。

ですが、高2のある日、
私の小さなミスに腹を立てたある女子から

強烈なイジメを受けるようになりました…

彼女は毎日
私の顔を見るたびに暴言を吐き…

楽しかったはずの高校生活が、
一気に辛いものになってしまいました…

この時は
仲の良かったクラスメートが
陰で支えてくれたこともあって、
何とかクラスの中で
孤立せずに済みましたが

この時のイジメを発端として、
その後の私は

「ほんの小さなミスでもイジメの対象になってしまう…」

重箱の隅をつつくようなイジメやパワハラ
モラハラに頻繁に遭うこととなりました…

そして、その後の私が
「なぜ、私だけが、どんなに気を付けても
イジメやモラハラに遭ってしまうのか…」
その理由を理解したのは、それから何十年も後のことでした

 

💎高3になり、
進路選びの時期になりました。

自分の希望としては、
英語科や英文科か、
史学科を希望していましたが、

母の意向に逆らうことができず、
母の望んだ大学に
進学することになりました。

幼い頃から
『母の敷いたレールの上を走らされている…』

そう強く感じていたにもかかわらず…

大学進学時には

そこから逃れることができませんでした…

10代後半から20代
ヴァイオリンとの出逢いと人生の方向性大転換


💎母の敷いたレールから外れることができず、教育学部に行った私でしたが、
入学直後に、
その後の人生を支えてくれる楽器
出逢いました。

ヴァイオリンは
その後の私の苦しい人生を支えてくれる大切な存在となりました。

30代でパニック障害や鬱を患ったあとも、
アマチュアオーケストラで活躍の場を与えられ

元来自己肯定感が低かった私が
「自分のことを大好きでいられる」
唯一の場所となりました。

母の敷いたレールに乗った結果でしたが、
そのおかげで今の私があることを
とても感謝しています。

💎大学卒業後
小学校教員採用試験不合格だった私は実家に戻り、
事務のアルバイトをしながら勉強して、
翌年中学校の音楽教員採用試験に合格しました。

そして、
私の地元エリアの中学校に
音楽教師として赴任しました。

しかし、
そのエリアは
母がかつて教員として働いていた地域


新米の私は、
立派な教師として名を馳せていた
母のことを知っている多くの同僚に
囲まれることになり…

元々向いていないと思っていた
教師業でしたが、

「〇〇さんの娘なのに…」

と比較されることが多く、

さらに自信を
喪失していくことになりました…

母の呪縛から逃れたい!
自分には向いていない
教師という仕事も辞めたい…

 そんな思いが日に日に募りました。

ずっと
『母の敷いたレールの上を
 走らされている…』
と感じていた私は、
当時交際していた彼と結婚して
教師を辞めることを考え始めました。

そして…

実家から
遠く離れたところで生活すれば、
母の呪縛から逃れられる…

そう思うようになりました。

💎彼は、交際中から
ちょっとしたことで
すぐにキレる人だったので、
彼を知っている友人たちからは

「別れた方がいい」

とアドバイスを
受けていたのですが…

『母の敷いたレールから外れるために』

教職を4年で辞めて、
27歳の時に、彼と結婚しました。

 

20代後半から30代
幸せではなかった結婚生活と産後の病気


結婚後は専業主婦になり、
知人も親戚も…誰もいない土地で、
ただ夫の帰りを待つ生活になりました。

平日朝から夕方までたった一人で
誰とも話すことなく
夫の帰りを待つ生活は
想像以上に寂しく…

やっと帰宅した夫に、
その日に見た
テレビの芸能ニュースネタを話すと、

半ば呆れたように
ため息をつかれてしまう始末でした…

母の呪縛から逃れて
楽になったはずの私でしたが、

結婚生活はそんなに甘いものではありませんでした…

💎車を1台しか持てなかった我が家は、
夫の送り迎えから家事全般すべてを
私が一人でこなすことになりましたが…

夫は、読んだ新聞もたたまず
食事後の食器運びもせず
「めし・ふろ・ねる」という、
まさに昭和の親父を絵に描いたような人…

周りからは
「とても優しそう!」
に見える人でしたが、

「誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ!」

などなど、どうせ私が外で働いても
いくらも稼げないだろうとバカにされ、
結局何一つ手伝ってもらうことは
できませんでした…

💎30歳の春
結婚4年めにしてやっと子宝を授かりましたが

妊娠初期に
「切迫早産」で入院することになりました…

ですが、夫にとっては
妻の妊娠はしょせん他人事

入院から1週間近く経ったある日のこと…

「いつになったら退院できるんだ?
 俺の世話は誰がやるんだ!」

…という夫の言葉に、絶句…

主治医には
「今退院したら、赤ちゃんの命に
 責任は持てませんよ…」

と言われたのですが
無理矢理退院を許可してもらいました…

💎翌年1月、里帰りをして
長男を出産しました。
慣れない育児は大変でしたが、
子どもを授かった喜びは大きく、

しばらくは幸せな日々が続きました。

 

💎ですが、その年の夏、
生後半年ほどの頃に、
夜泣きが始まったことをきっかけに

泣かせるな!お前たちは
 昼間寝てればいいだろうが!」

と暴言を放ち、

我が家の家庭内別居は始まりました。

💎その後の私は、
過呼吸発作や不整脈、
めまいや冷や汗など

多くの症状に悩まされるようになったのですが、

どこの病院でも
「異常なし」と言われてしまった結果

療養のため実家に戻り
「ほぼ寝たきり」生活を送ることになりました…

身体だけではなく思考もまともに働かなくなった私は  
その日が何月何日なのか?
何曜日なのか?1+2は?

そんな簡単なことさえわからなくなり、 
「私は頭がおかしくなってしまった…」
そう思うようになりました。

 

💎そして、忘れもしない、その年の8月31日

私の精神は崩壊し
自殺願望が芽生えました…

「死にたい!」と強烈に思ったそのとき

私に「生きる」スイッチを入れてくれたのが
当時2歳だった息子の存在だったのでした

💎それからの私は
必死で体調不良を治すための治療を模索しました。

ですが、特効薬や特別な治療法など
「私を治してくれる何か」
ひたすら探していた状態では

「ほんとうに私が元気になる方法」
見つけることができず…

通院して薬を服用しながら
民間の治療法をあれこれ模索することになったのでした…

結果、私の闘病生活は
その後、20年以上の
長きに渡ることとなりました。

その間の私は、なぜ身体を良くしても
心の状態が改善しないのか
わかりませんでした…

💎そんな両親の間で小さな心を痛めていたのか…
息子は、小4の時に突然体調不良を訴え
登校困難になりました…

💎その年の冬に自宅が完成し、
新築の家で過ごす喜びもつかの間…

会社から帰宅した夫が
毎日のようにキレる
という恐怖の日々が始まりました…

なぜキレるのか?
何にキレるのか?
その理由は私にはまったくわからず…
毎日「地雷を踏む」ような
日々でした…

💎その後、数年かけて
息子は登校困難を克服しましたが、
その後も様々な病気に見舞われ、多くの苦難を経験しました。

私が苦しむだけなら
どんなことでも耐えるけど、
どうして神様は
息子にこんなにもたくさんの
試練を与えるのだろう…と、
「神も仏もない」
気持ちになりました。

そして、私は
息子に災難が降りかかるたびに

自分を責めていました…

40代
やっと、私が私らしく居られる場所を見つけたのに…

💎心身の不調を抱えながら生活していく中で
唯一私が私らしく居られる場所を見つけました。

趣味のサークル活動
そこでは重要なポストを任され
「妻として」でも
「母として」でもなく

私が一人の人間として認められる
そんな場所でした。

「ほめられて育った」経験のほとんどない私が
「がんばりを認めてもらえる」初めての経験でした。

とはいえ、32歳で心身のバランスを崩してからは
たまに起きるパニック発作や体調不良など
健康不安が常につきまとう日々でした。

そして、やっと「私が私らしく居られる」
唯一の場所だったその場所も

ずっと克服できていなかった
「自己肯定感の低さ」から…

対人トラブルが起き
自ら身を引かなければならない事態になったのでした…

「私は誰のこともイジメていないのに…」
「私はみんなのためを思って頑張ってきたのに…」

理不尽な出来事に
子ども時代に経験した数々のイジメを重ね合わせて

私はどんなに頑張っても幸せにはなれず
信頼していた人からはしごを外されてしまう…

40代の終わりには、こんな風に
絶望的な気持ちで過ごすことになったのでした…

そして、時を同じくして
大切に育ててきた息子が大学へ進学し
私は一人暮らしになりました。

息子が居ない生活は想像以上に寂しく、
また、心のよりどころだったサークル活動も辞めてしまった私は

心の準備をしていたにも関わらず
「空の巣症候群」
になってしまいました…

息子が生まれてからこれまで、
自分のことは後回しにして
息子のために生きていた私は、

これから何を支えにして
生きていけばいいのか
自分を見失い、
深く悩むようになりました…

この時に、改めて
私はずっと
「息子とヴァイオリンに癒されていた」
ことに気づいたのでした…

50代前半
生き方を模索して迷走した日々


💎50歳という人生の大きな節目を迎えるにあたって
息子にもサークルにも依存していた生き方を
大きく転換せざるを得ない状況になった私は

占い師さんに依存してしまったり
出会い系に登録してしまったり…

夫からの経済的自立を目指して
インターネットで
様々な副業に手を出してみたり…

何かに、誰かに、依存することで
不安定な心を落ち着かせようと迷走していました…

💎カウンセリング・ヒーリング・スピリチュアル…
いろんなものに手を出して学んでみましたが
「学ぶだけ」では自分の状況は何も変わりませんでした…

結局、
「負の無限ループ」から抜け出せない…
そんな日々が続き、もがき苦しむ状態が続きました…

50代後半
「悪循環を断ち切る」講座との出逢い


そんな月日が続いたのちに、
「悪循環を断ち切り負の無限ループから抜け出す」講座に出逢いました。

そして、その講座で学ぶうちに、
自分がなぜ、どんなに頑張っても
「負の無限ループ」から抜け出せないのか?

その理由がやっとわかったのです!

対人関係のトラブルを解決するには
「原因を他人に探す」のではなく
「他人との境界線を引き、適切な距離感を保てるようにすることが必要」
なのだということを

理屈ではなく、感覚として
やっと自分のものにすることができたのでした!

そのことにやっと気づいた私は、
私と同じような悩み苦しみを経験している方に、

私のように回り道をして、
時間とお金を無駄にすることのないように

一日も早く、一人でも多くの方に幸せになっていただきたい

という思いから

2019年3月より
ヒーリング&カウンセリングルーム
かんふぁたぶるハーモニーを開設し

さらに、2020年からのコロナ禍で
ますます家庭内の問題で悩む女性が増えている今、

お客様の門戸を全国に広げるべく、
2021年4月より、オンラインカウンセリングを始めました♪

あなたが勇気を出して
私の部屋の扉を叩いてくださるのを
心からお待ちして
います♪